『奇跡の脳』
『奇跡の脳』の作者である、ジル・ボルト・テイラーさんは、脳科学者であり、また脳卒中を体験した当事者でもあります。
ジルさんは、脳科学者としてのこれまでの知識から、自身の脳卒中の体験を細かく観察し、貴重な発見をしました。そして、奇跡的にも脳卒中から回復し、『奇跡の脳』を執筆することが出来るまでになったそうです。
今回はこの本の中で書かれている、ジルさんの発見した感情に関する考えについて考察していきたいと思います。
なお、ジルさんが実際に経験した脳卒中の経緯とそのリアルな状況説明、脳の驚くべき機能と可塑性についての描写は、一読の価値があります。興味のある方は是非一度本を手にとってみて欲しいと思います。
感情は90秒で終わる?
私がこの本を読んで衝撃を受けたのは、以下の引用文の内容です。
ひとたび怒りの反応が誘発されると、脳から放出された化学物質がからだに満ち、生理的な反応が引き起こされます。最初の誘発から90秒以内に、怒りの化学的な成分は血液中からなくなり、自動的な反応は終わります。
ジル・ボルト・テイラー(著)、竹内薫(訳) 『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』 新潮文庫、2012年
ここでは怒りを例にとっていますが、90秒以内に怒りの化学的な成分は血液中からなくなるという言及には驚きました。
でも、「なぜ90秒なんだろう?本当に正しいのだろうか?」と即座に思いました。
なぜなら私の経験からして、怒りの感情はたいてい90秒以上は持続しているように思えてならなかったからです。
このような疑問に対するジルさんの答えは以下のようなものでした。
もし90秒が過ぎてもまだ怒りが続いているとしたら、それはその回路が機能し続けるようにわたしが選択をしたからです。瞬間、瞬間に、神経回路につなげるか、それとも、現在の瞬間に戻って、つかの間の生理機能としてその反応を消散させるかのどちらかの選択をしているんです。
ジル・ボルト・テイラー(著)、竹内薫(訳) 『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』 新潮文庫、2012年
つまり、ほとんど自動的に起こっており、私たちにはコントロール不能に思える感情も、
私たちの選択の問題だということでしょう。
私たちは普段、ほとんど無意識に考え、動いており、それが日常、当たり前になっているために、
自分で自分の脳の手綱を握ることが出来ると言うことを知らないだけなのかもしれません。
とはいえ、実際に自分の中に何か否定的な感情が生じたときに、それを持続させないことは至難の業です。
脳がとても批判的で非生産的な、あるいはあるいは制御不能のループを働かせているとき、わたしは感情的・生理的な反応が去っていくのを90秒間じっと待ちます。
それから、脳を子どもの集まりみたいなものだとみなし、誠意をもって話しかけます。
ジル・ボルト・テイラー(著)、竹内薫(訳) 『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』 新潮文庫、2012年
「いろんなことを考えたり、感じたりするあなたの能力はありがたいわ。でもわたし、この考えや感じには、あまり興味がないの。だから、もうこの話はおわりにしてちょうだい」
私たちは、様々な人間関係、日々忙しく働いている中で、ネガティブな感情が生じたときに
90秒間じっと待つ事はほとんどありません。
90秒間じっと待つ時間などなく、次から次に新しいことを考えたり、次の仕事に移らなければなりません。ジルさんの言う「自動的な反応」は、このように日々の忙しい日常の中で形成されていくものなのだと思われます。
また、ここで興味深いのは、「脳を子どもの集まりみたいなものだとみなし、誠意を持って話しかけ」るという部分です。これをジルさんは「口出し」と言っています。つまり、私たちは自分の脳を自分でコントロール出来ると。
怒りの感情が生起した後に、どんな行動を選択するのかは確かに私たちのコントロールの範囲内です。

この図は、アンガーマネジメントについての解説コラムでも取り上げたものですが、
「感情」の後に「行動」がサイクルとして続いています。
引用の中でジルさんが言っていることを、アンガーマネジメントの観点から無理矢理解釈すると、
ある感情が生起した後に
・90秒間じっと待つ(待つ事は厳密には行動ではありませんが・・・)
・90秒が過ぎたあと、「口出し」をする
といった「行動」を取ることで、自分にとって最も悪い「結果」にならないように自分で自分をコントールする、ということになると思います。
このようなアンガーマネジメントに自信を持って取り組むには、あえて感情を持続させないことで、様々な面から見て自分にとって良い結果に繋がるという確信を持っている必要があります。ジルさんはおそらく、自身の脳卒中の経験から、怒りを持続する選択がいかに愚かで、自分にとって不利益をもたらすものなのかを実感したのではないでしょうか。
ジルさんはさらに、ただ単に自分の脳に「口出し」するだけでは効果が少ないことにも言及しています。
脳が聞く耳を持たないようなときには、メッセージに何か「動き」の要素をつけくわえます。人差し指を振りまわしたり、両手を腰にあてて仁王立ちしてみたり。母親が子供を叱る場合、言いたいことに情熱をこめて、身振りを交えるなど、いろいろな方法で同時にメッセージを伝えたほうが効き目がありますよね。
ジル・ボルト・テイラー(著)、竹内薫(訳) 『奇跡の脳 脳科学者の脳が壊れたとき』 新潮文庫、2012年
前述の「待つ」、「口出し」に加えて、「身振り」を付け加えた方がより自分の脳をコントロールすることが出来るということでしょうか。
ここで母親が子供を叱る場合を例に出していることも興味深いです。身振りに情熱を込めることも、人の感情・気持ちの一つです。ある感情(情熱や、愛情といった感情)は、他のある感情(怒りや悲しみなど)を超越し、慰めるような機能を持っているのかもしれません。
感情のコントロールについての私の考え
上述のような「90秒待つ」、「口出し」、「身振り」といった感情のコントロール方法(厳密には脳のコントロール)は、実際にやってみようとすると難しいことが分かります。
私自身は、正直に言って、90秒も待つ事が出来ません。口出しすること自体がすでに感情的になってしまうかもしれませんし、子供を叱る母親のような身振りを出来るかどうか怪しいです。
ただし、ジルさんとは別の観点から、「待つ」ことには大賛成です。
私の場合、自分で解決することを諦めて待つ・・・に近いかもしれませんね。
感情の問題・・・に限らず、全ての人間の困り事は「時間」と「偶然」が解決するという信念を持っているからです。「時間」と「偶然」が解決するということは、とどのつまり、自然ということです。
出来る限り、自然に任せるしかないと思っています。感情については特に。
火のついた感情は、鎮火するまであたふたしてはいけません。変に無理矢理鎮火させようとすると、かえって火に油を注ぐ結果にもなりかねません。
こういった人間の「なんとか治そうとする行動」を私は努力と呼びます。努力はなるべくしないのが、私自身の経験から作られた信念です。(それでもどうしても努力してしまうのが人間の性なのですが・・・)
誰かが水を持ってきてくれるかもしれません。。。雨が降るかもしれません。。。
自然による治癒が一番「自然」な治り方・解決の仕方です。
脳もまた自然の一部です。
感情の問題と付き合うと言うことは、自然とどう付き合っていくのかというテーマとも実はつながっていくのですが、大幅な脱線になってしまうため、また別のコラムで述べる機会を待つこととしましょう。。。
まとめ
感情の問題は、心理カウンセリングの仕事をしているときにはつきものです。
感情の問題を抜きにした困り事や悩み事はないと言っても良いでしょう。
感情は人間の古い祖先の頃から持っていて、発達してきた一機能であり、生存のために必要なものです。しかし、それが現代の様々な人間関係や社会活動の中に入り込み、自分のコントロールの範囲を大きく外れてしまうと、トラブルの元になったりもします。
感情さえ自分で選択し、コントロールすることが出来るかもしれない、と思うことは、
私たちが自分の悩みから抜け出すための大きなヒントとなり得るものです。
人間は自分が思っている以上に大きな可能性を持っていると思います。その可能性に気づく事が、カウンセリングの一つの意味であるとも私個人は考えています。
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